「地図感覚」という単語、聞いたことはありますか? 聞いたことありませんよね。それもそのはず、私の造語です。 よく使われる「地理感覚」という言葉は、その土地の事情や位置関係に通じている、いわば土地勘のようなものです。

では「地図感覚」とは何でしょう? そんな地理感覚を、行ったことがなくても、地図から読み解ける、その感覚を「地図感覚」と名付けました。地図から、その場所の風景や歴史、そこに住む人々の様子を想像することができるのです。行ったことがなくても、ありありとその土地の様子が、地元の人のように、あるいは地元の人以上に読み解ける「地図感覚」を、一冊の本にしました。


「地図感覚」から都市を読み解く:新しい地図の読み方(出版社
今和泉隆行 著
発行:晶文社 四六判 縦188mm 横128mm 厚さ19mm 256ページ
定価 1,900円+税
ISBN:9784794970732
初版年月日:2019年3月20日(現在6刷)

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近年、地図や地理に関する本はたくさん出ています。また、地図、地理趣味は、近年ブラタモリをはじめとした番組で広く知られるようになっています。ここで扱われるものの多くが、地形と歴史です。これは地図、地理趣味の中で最も奥深いもののひとつですが、同時に難しくもあります。

最近は、地図、地理趣味と言うと「地形と歴史でしょ」とも言われますが、地図・地理趣味は地形と歴史だけではありません。 現代の都市の日常を読み解くのも、一つの地図、地理のおもしろさで、これは趣味に限らず、実生活に役に立つこともあります。自分に合った引越し先をみつけたり、お店の客層に合った出店先をみつけることもできるでしょう。

さて、突然ですが、下の地図を見てみましょう。これは筆者作成の架空のものですが、地図に見慣れている人は、違和感に満ちた、気持ち悪いものでしょう。見慣れてない人にとっては、違和感を感じないかもしれません。この地図は、距離感やサイズ感がおかしいのです。

違和感のある地図

上のほうにある古輪小学校と川畑中学校、下のほうにある南中学校の広さが違いますが、小学校と中学校は同じくらいの大きさか、中学校が少し大きいくらいです。こんなに差がつくことはありません。ファインモールは、大型モールかと思いきや駅より小さめ、ワンライフドームは野球場のようですが、古輪小学校の校庭におさまる大きさです。そう考えると小さすぎます。鉄道も、岩館駅から公会堂前駅に向かう路線は、路面電車ならあり得ます。しかし、地図を見ると一般の鉄道のようです。路面電車か一般の鉄道かは、乗り場のホームの大きさで分かります。

それぞれの施設の一般的な大きさを知っていれば、距離感やサイズ感がつかめるだけでなく、規模感もつかめます。たとえば、「都市の規模の割には巨大なモールだな、一体どこから人が来るのだろう」とか。本文には、学校やスーパー、住宅、駅はどのくらいの大きさなのか、全国の実例を載せています。

点から線へ、線から面へ

地図や地域は「面」で見るのです。さきほどの違和感のある地図で見てきたのは各施設の大きさは「点」の情報でした。そこからどこか他のところまでの距離は線、そのあたり一帯を見渡すのが「面」の見方で、少し視野を広げるのです。

昭文社「街の達人 千葉 便利情報地図」※当サイトに掲載の昭文社発行地図は、すべて株式会社昭文社の使用許諾を得ています。

この地図は千葉県香取市の街「佐原」の地図です。地図の上のほうと下のほうで様子が違います。 地図の上(北)のほうにはガストや牛角といった文字、セブンイレブンや松屋のアイコンがあり、下(南)のほうには、桶松や山田屋といった、古くからある個人店のような店名が見えます。これはまだ「点」の読み方ですが、チェーン店が多い新しい街、個人店が多い古い街、の対比が見えてきます。そう、成田線の南か北かで雰囲気が違うことが読めてきたら、「面」の視点を得た一歩といえるでしょう。

そのほか、道路の模様も違います。上(北)のほうは規則的な縦横の道路網で、そこまで道幅も細くはありませんが、下(南)のほうは不規則な道路網で、道幅も狭いのがわかります。車社会になる前、高度成長以前に街が発達すると、車の通行は考えられず、歩行者スケールで道が作られ、大型店やチェーン店ができる前に個人店ができて、商店街ができたりもします。高度成長以降に街が発達すると、車の通行がしやすい街で、大型施設や店舗、チェーン店もできます。このように、いくつかの店舗や施設から、街の様子が見えてくると、視野が広がってきます。

さて、ひとつの街を見るだけでも見えてきますが、いくつかの街を比べて見たり、街の周り、都市全体を見ることで見えてくることもあります。より引いたマクロの視点を得てこそ、街の現状や未来、街の動きが読めてきます。上の地図は長崎県佐世保市と佐賀県佐賀市の地図ですが、佐世保市は各施設が市街地に集まっているのに対し、佐賀市は各施設が分散しています。大きな商業施設は佐賀駅から28分…この距離だと誰も歩かないでしょう。頑張ればバスで回ることもできますが、多くの場合は車で回ることになります。この違いはなぜ生まれたのでしょうか。

すべてが街に集中する佐世保市の商店街は、多くの人が行き交い、店も賑わっています。郊外に分散する佐賀市の商店街は、ほとんど人が歩いておらず、閑散としています。こうして見ると佐世保のほうが良さそうですが、一概にそうとも言えません。

この差は、市の施策や歴史が影響しているかと言うと、そうでもありません。大きくこの差を左右したのは、市街地のまわりの地形です。佐世保市は平地が少なく、周囲が傾斜地のため、郊外に幹線道路を作れません。中心地の大通りの道幅を広げて、ここに多くの車が通ります。そして店舗に向いた広い平地を探そうとすると、市街地付近しかないのです。一方、佐賀市街地の周辺は平地で、郊外に幹線道路ができ、住宅も店舗もこちらにできてきます。30万人程度の人口の都市だと、中心市街地の規模は、郊外のロードサイド店の集客力と互角になるので、郊外ロードサイド店が充実し、こちらのほうが行きやすい人が多数派になると、市街地は一気に集客力を失います。

しかし、なぜ「一概に佐世保が良いとも言えない」のでしょうか。市街地は賑わいますが、車移動はしにくいのです。また、傾斜地が多いと需要の割に住宅供給が少なく、地価や家賃は上がるのです。住宅供給の少なさや開発のしにくさゆえ、人口減少の勢いは強く、商店街は賑わっていますが、都市人口の減少は数年前から始まり、佐賀市よりも減少幅は大きくなっています。

こうして、地図をより引いて見て、他の都市と比べることで、都市の動き、都市の生態系を読み取ることもできます。 こちらの佐世保や佐賀の内容は、日経ビジネス(Webで記事をご覧いただけます)でも執筆しています。

ほとんどのページで左ページが地図、右ページが地図で、見開きで完結する図鑑のような本です。 みどころや名所は一切載っていませんが、時代の鍵や普遍性を読み解く鍵が詰まっています。これは本文のごく一部で、実際にはこの何倍も、全国の実例を盛り込んでいます。本書で普段の生活がより楽しく、より豊かになるスパイスとなれば幸いです。


「地図感覚」から都市を読み解く:新しい地図の読み方(出版社
今和泉隆行 著
発行:晶文社 四六判 縦188mm 横128mm 厚さ19mm 256ページ
定価 1,900円+税
ISBN9784794970732CコードC0025
初版年月日:2019年3月20日(現在3刷)

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